必然

振り返ると、数奇な出会だった。


不思議な時間だった。



僕はきっと、一人の女性の大切な時間を奪ったのだと思う。

僕には、定期的に会う一人の女性がいた。
恋人というにはあまりにも歪だったし、友人というにはあまりにも距離が深すぎた。


きっと友人よりも本音を見せたし
きっと家族よりも距離が近かった。



彼女と出会ったのは僕が16の頃だった。彼女は26だった。
高校に行っていない僕は、彼女の不思議な魅力に取り憑かれたのだと思う。


彼女がいるのは関東で、僕がいるのは関西だった。

ずっと遠距離だった。


会うのは年に1,2回。1年以上あわない年もあった。
数ヶ月音信不通なときもあった。

それが僕らの距離感だった。



残酷な表現だと、僕は別れ方を知らなかったのだと思う。
彼女のことは幸せにしたいし、幸せになれば良いという思いは持っていた。
自分が幸せにしなくても誰かが幸せにするのなら、それで良いと思っていた。


彼女はいい年だった。いい年にしては幼かった。


彼女がどんな我儘を言っていても、僕はさして気に留めなかった。
彼女はすぐキレる人だった。
でもそういう人だと思っていたから、別にそれで良かった。




僕は社会人になって3年が経った。
出世もしてしまった。仕事の仕方も、覚えてしまった。
仕事のやりがいも楽しみも、覚えてしまった。
収入も低いけど、安定してしまった。


だから僕に、結婚しない理由が無くなってしまった。
彼女は病んでいて馬鹿だった。


昔々、出会って間もない頃に、お互い30歳と40歳でまだ独身だったら結婚しようか、なんて話をしたことがあった。


それからは、1回も結婚しようなんて話すらしなかった。
むしろ相手に対し、自分の彼女だといったことすら無かった。


彼女だと言ってしまえば、きっと彼女はずっと僕のもとにいて婚期を逃し続けるのだなぁなんて。
だからこんなにも待ってくれた人を幸せにしようと、初めて思ったのだった。
とても人としてズルいことをし続けた罪悪感なのかもしれない。


だけれども、彼女を幸せにしなければという義務感があった。罪悪感だったのかもしれない。
そしてそれでいて、不器用さしかない彼女への同情心や。
もしかすると、ずっと自分のもとに居続けた彼女へ報いたいという気持ちなのかもしれない。
だから、結婚しようって伝えた。


その折々で、彼女を心から"愛"していたのか、ということはずっとずっと自問自答していた。

そもそものところで、僕は人を愛するという感情がよくわかっていなかったのかもしれない。
恋とかを、きっと僕のような、地味でおとなしく生きている人間は
10代の後半から20代前半に知っていくのが、通常のパターンだと思う。
だけれども僕は、その時期を全て、そういったベクトルの感情を彼女に注いでいた。

愛しているのかわからないが、一緒にいてくれる異性という彼女に。
彼女が笑顔だと僕は嬉しいし、彼女が幸せな感情を抱いてくれるなら、何かをプレゼントしたいと想った。
だけれども、彼女が僕に近づきすぎると、彼女は僕から離れられなくなる。
彼女から寄せられる感情を、素直に受け止めることに抵抗感を持っていた。
そんな状況を、いっぺんに変えようとし過ぎたのだと思う。
結婚しようと動くことは、そんな歪な状況を、変えていくことなのだから。


結婚の話の最中、初めて彼女に対して、いろいろなことを伝えたのだと思う。
それはしょうもない話、他人に対する接し方や、態度や。
家族観の押し付けのようなものだと思う。


父親や母親に対して感謝をし、兄弟を大切にし、甥や姪を我が子のように思うわなければ"いけない"。
でも彼女の中では、彼女が一番だった。
父より母より兄弟より甥より姪より、彼女は彼女が一番でなければ気が済まない性格だった。

そして先方家族も、それをよしとした。
だから破綻した。




僕と彼女の二人だけなら、きっとあと20年でも30年でも続いたのだと思う。

あれからいろいろとあって、いろいろなことを考えた。

残念ながら今でも答えを出せずにいるのだ。

もっと早くに振っていれば良かったのか
もっと早くに結婚の話を進めていれば良かったのか
彼女の言い分を全て飲んで結婚していれば良かったのか。

何が正解なのかがわからないでいる。


大学生の頃は、別に振る理由もなかった。
社会人1年目で結婚する気にはならなかった。
結婚しようと思えた年が、今だった。




彼女は本当に異常な行動ばかりとっていた。
吐き捨てる言葉も、他人の人権など顧みない残酷な言葉が多かった。
別れた後の行動も、人として許されない行動をたくさんとっていた。
約束も誓いも無意味と化すような、今までの全てが水泡に帰すようなことばかりしていた。



それでも僕は、彼女の苦しみに、残念ながら同情してしまう。
この同情はしてはならない同情で、同時に最低な感情なのだ。


誰に何を言われようとも、結婚の話を進める最中の自身の行動に誤りがあるとは思えない。
彼女の行動は破談にされて当然というにも余りあるような行動ばかりだった。
別れた後の行動も、社会的に許されないものが多かった。



どうしたら彼女は幸せになれるのか。
今も、それを考えている。

彼女が辛い顔が見たいかというと、僕は見たくない。
そもそももう、二度と見ることもないのだろう。


こんな感情を抱くことも、相手に対して失礼なのだ。


でもきっと、一生忘れることはないのだろう。
彼女が幸せになれることを、祈ってしまう。