異動

形式上、自分が今後どういう仕事をしたいのか、どういうところで勤務したいか、なんていう書類を書いていた。


まあ、形式上だよ。組織にいる以上は、こんなもの参考程度にしかならない。

だから書いてやったんだ。地元に返してくれって。
母親の体調がこうこうこうでさぁ〜なんて。


でもまぁ、ダメだった。

何だろ。まだ提出する前段階で止められたっていうの?


いくつかの複雑なルールによって、俺は京都へは帰れない。
そういう縛りがある。



だからその縛りがいかなるものなのかを確認するために、書いてやった。
素直に思ったように記入すること、と書いてあったので、素直に書いてやった。


でもまあ、一応上司の目を通すと、1年目でこの希望は喧嘩を売っているようにしか見られない、とのことだった。
まあそりゃあそうだろう。俺も半分喧嘩を売って書いているんだから。




ただなんだ。その上司も、ダメって意味合いで言ってるんじゃなくってさ。
ただただ、これをそのまま上に持って行っても、俺がイイ目を見ないから、って意味で制止してくれたんだよなぁ。



実際やむを得ない特段の事情があればさ、検討されないこともないわけ。
俺の関西帰還って。


例えば結婚だとかさ、親の介護だとかさ、実家の家業だとかさ。
いやってほど言われるんだよね。
母親の体のことを話してもさ、じゃあ介護が必要なのか、とか
仮に介護が必要だったとして、他の兄弟は?とか。


いやさ、そうなんだよ。
仮にうちの母親が歩けない、一人じゃ生きられない、ってなるじゃん。
誰かの手が必要です、ってなるわけ。

じゃあさ、その手が俺の手である必要はあるの?ってことになるわけ。

そこをみんな指摘してくるわけ。当然だよな。まあ当然だよ。
別に俺の手である必要はねーよ。



じゃあさ、俺の手である必要はねーからさ
俺は関西に帰る必要は無くなっちまうわけだよな。





え、無くなっちまうのか?って思うんだよね。
5年生存率30%の壁をどう捉えろって話なのよ。


だらだらさ、ここで4年なり5年なり過ごしてさ。
元気かなぁ、大丈夫かなぁなんて思ってさ。
それで病気が再発してさ、でも病院に通うこともできなくってさ。
それでなんかこうさ、うわぁとか思ってるうちに全部終わりとかさ。





言われたわけなんだ。
今の俺の関西へ帰りたいという思いに対しての、今現在の母親の状況は、その理由付け、その動機としては、社会人としてはやっぱり特段の事情とは認められないって。



社会人としてって一体なんなのさ。
社会人って何なんだ。その、なんだ、社会人らしくって言葉に異様に反応してしまった。
人間らしくあってはいけないのか。



もちろん契約を取り交わしたのは俺だ。
今の場所での内定を選んだのは、選択したのは俺だ。
でもさ、誰が予想できたんだよ。あの時あの瞬間、数カ月後にこうなるって誰が予想した。


世界の誰も予想出来なかった。
俺も想定していなかった。あの日あの時こんなことになるなんて思っていなかったんだよ。
内定通知書が届いたその日に、母親の肺ガンが発覚するなんて、誰が思えたんだよ。
こんなありえない世界を、誰が先読み出来た、誰が考えられたんだ。

それに対して俺はどう対応すれば良かったんだ。



今の置かれているこの状況は、この世界だけは、もう何も反省点が思い浮かばないわけよ。
俺はたぶん、何度世界を繰り返してもこの展開から逃れることは出来なかったはずなんだ。
俺が努力したって、たぶんこの結末は変わらん。



あの日あの時、内定を蹴れば良かったんだろうか。
ばあちゃんが死んだ日も、ガンがわかった日も、なんであの日だったんだろうかと、この1年、思わなかった日は無かった。
京都に帰りたいと、思わなかった日は無かった。



京都にいられない今は、俺の責任だ。俺の実力不足だ。仕方がない。受け入れるしか無い。

でも今のこの状況そのものは、自分の非が一つたりとも見つからないんだ。
それが何よりも悔しくて、本当に苦しい。




そして、どれだけあるのかわからない余命を、1年を消費してしまった。
俺は1年間、社会人をやり遂げたのだ。


1年前、家を出たのだ。
そして1年、経ったんだ。





1年間、考え続けた。
1回、試しに自分の胸の奥底を見せてみたが、やっぱり意味がない。ダメだった。
周囲に世界を変えてもらおうなんて思うもんじゃないな。


だから強引にでも変えるしか無いんだろう。



変え方が・・・わかんねーんだよなぁ・・・