激動

ばあちゃんが死んじゃって、今日で1年。


本当、落ち着いて実家にいれてよかった。




早かったなぁ・・・本当に・・・


マジで激動の1年だった2010年。これで終わりかと思ったが、2011年も激動の1年になりそうだ・



2010年は本当に、本当にいろんなことがあった。

就職活動で本当に苦労したし。
おばあちゃんのガンの闘病と介護と。
そして死と。


そして俺の第一志望不合格、夢敗れ。
そして何とか内定を得たこと。
京都を離れることが決まったってこと。

次に、母親の肺がん。
兄の結婚騒動。

姉の子どもがなかなか出来ない、命との別れ。



本当に、命とか、人生とか。
そう言うのを本当になんども考えた時間だった。




やっぱなんだろうな。最近の話ではあるけど。
兄と姉、両方が子どもを産めなかったというのは辛いといえば辛い。


3つも、命が生まれることが出来なかったんだから。
ただ全て、不運が重なったんだよな。


どうしてか、ここ数年、来栖家は命に恵まれない。
だからこそ、生まれてくれた甥っ子が本当にかわいい。

本当に宝のように思える。

この子のためなら何だって出来るって思える。







1年経った・・・のか・・・

去年の今頃は、よく覚えてる。
志望していた職場に不合格だったり、ばあちゃんの余命三日って聞かされたり。
自分の就活の出来なさ、愚かさ、過去への後悔で本当にキツかった。



いやそのさ、新潟でブーブー言ってんだけどさ。
ホントいうと、どこか楽なんだよ。

だって誰も死なないし。
保証がそこにあるんだよ。


運が悪いことなんて今まで死ぬほど味わってきたし、こんなのどうってことないわけでさ。



むしろいい経験出来るかもしれないわけで。



ただ本当にとんでもない激動の世界を超えてきたとは思う。

それに関しては本当に自信がある。
真っすぐ前を向いて、全部の困難をたたきつぶしてやったと思ってる。


風向きが悪くても、戦えば潰せる。



姉がなかなか子どもに恵まれないのが本当に悲しいけど
九州に急に飛ばされた長男夫婦も楽しそうで。
姉夫婦ならきっとそんなの乗り越える。
次男も普通に、がんばってるみたいだ。
俺は俺で、ちゃんと新潟で戦う覚悟も決めた。

父も母も、ガンと戦ってまた精力的に仕事をしている。


1年前はみんな一箇所にいた家族が、1年経った今バラバラになってる。
それでも、別に良いんだよな。


これもうちの家族がまた強くなるのに必要な過程なんだと思う。


1年経ってもまだばあちゃんのことは引きずっている。
でも悪い引きずり方ではないと思う。
それくらいに、本当に素晴らしい人のもとに孫として生まれることが出来たんだよな。



どんなに辛くても戦えるもの。


やっぱでもさ、寂しいんだ。本当に。
今の姿を見て欲しかった。
でも生きていたら、きっと胸が張り裂けそうなほどつらいんだろう。
置いて新潟にいかなきゃいけないんだから。
死んで良かったなんて間違っても思わない。
でもきれいな形で別れを迎えることが出来たんだと、今は思う。



こういう世界を見たから、僕はずっと家族にしがみつく。

思い出すなぁ、3ヶ月前。
この家を出たんだよな。


なんだかんだで3ヶ月、ヌルヌルの環境でも自立してやってこれたじゃないかと思う。


雪国での生活を乗り越えれば、普通にまた俺は最強に近づく。

それで課題として、マジで勉強しようと思う。
宅建の資格を目指そうとか思ってる。


別に仕事に特に関係ないけど、適度に難しくて楽しいはずだ。




1年後も、2年後も。5年後も10年後も、家族みんなが健康ならと思う。
俺もどんどん人として成長したい。




楽しいんだ。こんな風に逆境に置かれる方が、俺は人生楽しい。
やっぱヌルイと俺は腐ってしまうからな。

苦痛でヤバイくらいのほうが、俺はたぶん人間らしく生きれるんだと思う。
逆境に強くなったんだと思う。




本当に、早い、激動の1年だった。



はー。マジで全部乗り越えたなーって思う。
この充実感は凄い。どんどん強くなっていく。



もっともっと力をつけて安定すれば
きっと親の支えになることが出来る。
がんばって親の力になりたい。